日本で生きることと海外で生きること

今回は、先日日本に一時帰国していた時に感じたことをお伝えしようと思います。
まず、「海外でボランティアなんて大変だったでしょ〜!」

とよく言われますが、私から見ると、

 

日本で生きる方がよっぽどしんどいわー!!

 

と思います(笑)

 

ミャンマーから帰ると、家族や友人の言葉が新鮮に感じられ、その分違和感も敏感に感じました。
「会社の先輩がめっちゃ嫌なんだよ〜。ほんと辞めたい。他の同期は楽しそうに仕事してるのに、俺だけしんどい…けど、1年は辞めない」

石の上にも3年から来るのか、あの3年神話

「今の病棟に配属になって1年…勉強になるし、やりがいもあるんですけど、自分のやりたいこととは違う気がして。でも、海外も興味あるんですけど、ボランティアってことはお金貰えないんですよね…どうしてるんですか?」

お金や物が幸せにしてくれると信じているのか

海外で生活していると、正直すっごく楽なんです。精神的に。
日本における「普通さ〜」とか「常識でしょ」とか「空気読めよな」
みたいなことがないわけですよ。
何年目だから、役職があるからといって無条件に認められる訳ではなく、
その人の仕事に対する姿勢や誠実さ、コミュニケーション能力…

つまりその人そのものをすごく見られている訳です。

普通、常識が全く違う人たちと一緒に活動しているからこそ、
自分の想いをちゃんと言葉にして伝えないと、伝わらない。
そんな当たり前のことをここでは大切にしています。
相手のことを知ろうと歩み寄り、お互いのことを少しずつ知っていく。
そんな関わりがすごく楽しい日々で。
確かに長く関わることで見えることもあるし、何かをする上で関係性はすごく大切で、その信頼関係を創るのは時間がかかることだと思います。
「1年辞めずにやったら…」とか、「3年は続ける」なんてものは何の説得力もないただの数字だな、と感じます。

確かにプロジェクトを遂行する上で期限を決めたり、評価をするために時間的な区切りをつける必要はあるかもしれない。
けれど、自分の人生において、時間は目標の中に入れる必要はない。


ただ、今を過ごすだけだな。

 

と感じるわけです。

だから、「海外1年行って、その先はどうするの?」とか、
「将来どうしたいわけ?」なんていう問いかけも、

「うーん…分からないです。今、私がしたいことは国際医療です」

としか答えようがありません。
確かに将来に不安がないかと言われれば嘘ですが、分からんもんは分からんのです笑
そして、何より「お金」に対する感覚とか関係性が変わったな〜と。

もともとどんぶり勘定な私ですが、その傾向に拍車がかかったように思います笑
確かに今収入はありません。貯金も残りわずかです。
けど、まあ生きていけるっしょ。って本気で思っています。
それは家族がいて、実家があるというのは大きな支えになっていて、
それはものすごくありがたいことだと、日々感じます。
でもそれだけでなく、なんとなーく、ほんとになんとなく大丈夫な気がしてしまうんですよ。


今私は世のために尽くしてるんだから、いつか巡り巡ってくるんじゃないか。


と願いを込めてそう思っています笑
自分が生きていくために、こんなにも物がいらないのか。
と分かると、こだわりがなくなり、欲しいものがなくなり、お金をあまり使わなくなります。
なのに、たまに食べる日本のお菓子とか慣れ親しんだ味に触れるだけで、とんでもなく幸せになれます。
ものがないから、手に入らないから、だからこそ有難いと感じ、ここにあるものをどう活かしていこうか…と考えるわけです。

純粋に

素直に

本気で


ここで生きてみようと思います。

nodami
続きもお楽しみにお待ちください

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